麻酔科医の存在意義と学生教育
Teaching the significance of anesthesiologists to the medical students
西田 修 麻酔・侵襲制御医学講座 主任教授
集中治療部 部長
侵襲学的にいえば、手術はいわば予定された外傷であり、麻酔の本質は外科的侵襲による過剰な生体反応から生体を防御することである。麻酔科医にとっては至極当たり前のことが、一般の人々はおろか医療従事者にも十分理解されているとは言い難い。「手術するために」麻酔をかけるのではなく、「手術するから」麻酔をかける。臨床実習で回ってくる医学生達に、こう話すと最初はキョトンとしている。
前任地では、麻酔科医が中心となって救急部と集中治療部を運営し、近隣の消防署と連携し、事故現場へ出勤する院外救急活動も行っていた。ある早朝ICUに連絡が入り、近くのゴミ処理場で事故があり救出困難ということで出動要請があった。直ちに「お出かけセット」と呼ぶ院外活動用の救急バックとジャケットを持って、消防署から迎えにきた救急車両に乗って2人の麻酔科医が現場に向かった。到着すると、巨大シュレッダーとでも呼ぶべきゴミ処理機に人が落ち、膝下まで両下肢が砕かれた格好で挟まって座っていた。意識があるが両下肢からの出血が続いている。直ちに血管確保し、輸液を行いながら救出策を練ったが、装置の解体には半日以上の時間を要し、状況からして選択肢とはならない。最終手段として「逆回転」をして引きずり出すことになった。逆回転時には相当の苦痛を伴うのは明らかであり、出血もひどくなる可能性は十分ある。全身麻酔を施し、その間に救出することとしたが、座ったままの姿勢での気管挿管は極力避けたい。想定される事態に備えた準備をしたうえで、逆回転直前にケタミンを静注し、気管挿管することなく救出し得た。ただちに救急車にて病院に搬送し手術室へ直行した。麻酔科医はそのまま患者の頭側に立って「麻酔」という名の「全身管理」を継続して行い、手術後はICUにて「集中治療」という名の「全身管理」を行った。状態の回復を待って麻酔から覚醒させ、落ち着いたところで病棟へ送り出した。
学生にこの話をするとき、これはいったいどこからどこまでが「麻酔」なのかを考えてもらっている。本来「麻酔」にはライフサポートのエッセンスが濃縮されて詰まっている。本事例のようなシームレスな全身管理を行うことは、麻酔科医にとってそれほど困難なことではない。マンパワーやシステムの問題はさておき、麻酔科医の活躍できるフィールドは非常に広い。このような麻酔科医の存在意義と活動領域を広く理解してもらうと同時に、付加価値の高いプロ集団としての麻酔科医の育成に努めていきたいと考えている。そのためには、学生や研修医の教育が最も大切であると信じ、日々「布教活動」に教室をあげて取り組んでいる。
臨床実習にきた学生に感想を書いてもらっているが、その内容が励みになることも多い。最近もらった感想を最後に紹介する。
「実習に来るまでは麻酔というものは手術に付属しているようなイメージでした。しかしながら、実習させて頂くことにより、大きな侵襲を与える手術という行為に対し、侵襲による生体の負担を軽減し、呼吸・循環をはじめとする生命の最も大事な部分を管理していることを理解することができ、違った観点を持つことができるようになりました。(中略)そして、手術という侵襲の後に患者さんの意識が戻り、その侵襲を感じることなく部屋を出て行かれる時に、麻酔とは何かと考えさせられました。」(原文のまま)
~巻頭言「臨床麻酔」 Vol.33/No.3(2009-3) より~